チュニジア世界遺産紀行           
           
砂漠と遺跡のリゾート国
 
       
2009年1月   NO3                                                                             
此の、チュニジア旅行に対して私の希望の日日旅行社へ数回尋ねる。2ヶ月前に満席に成る!!仕方なく残り少ない決定日1月25日(出発日)を(残席11席の為)予約する。
此の不景気に考えられない現象が起きています。1月受付より燃料サーチャージが今迄より(5〜6万円から)半額以下に成る時期に(皆んな知らない??)不思議な現象が起きていました。

サハラ砂漠は、砂漠として世界最大規模を擁し、地球上で最も乾燥した砂漠。西は大西洋沿岸から東は紅海沿岸にまたがり、その広さは約1千万kuとアメリカ合衆国とほぼ同じ広さ。アフリカ大陸の3分の1を占めるほどの面積です。

サハラの名はアラビア語で「荒れた土地・砂漠」を意味するサフラー(sahra)に由来します。サハラ砂漠は平均して標高300mの台地から成りますがアルジェリアやニジェールでは標高2000mを超える山地もあります。

広大なサハラは各地でさまざまな表情を見せます。長年の風食によ形成された岩山、スーダンとエジプトを貫通するナイル川、砂漠に潤いを与えるオアシス、風紋や陰影により様々な表情を見せる砂丘。変化し続けるサハラの表情をご覧下さい。

関西空港9758km⇔(12時間40分)イタリア450km⇔1時間30分チュウニジア













寒いのに二日間
通ってやっと
この写真

スース二連泊のホテル

病気の
為、元気
有りま
せん

早朝7:35分頃の日の出

明日早朝2:30分起床此の飛行場よりイタリアへ

イタリアへ飛行中

空港のトイレ

同行の女性軍

チュニスの航空内

ポーリ宮殿の壁と一体となったデザインで、中央に水を司るネプトゥヌスポセイドーン)が立ち、左に豊饒の女神ケレスデメテル)、右に健康の女神サルース(ヒュギエイア)が配置されている。これらはサルヴィの原案でブラッチが制作した。

トレヴィの泉

左からデメテルネプトゥヌスヒュギエイア

有名なアイスクリーム屋さん

BAR(喫茶店)のトイレ イタリアは公衆トイレ
無い為BARで借りる

トレヴィの泉(-いずみ、:Trevi Fountain、:Fontana di Trevi)は、ローマにある最も巨大なバロック時代の泉で、ローマでも有数の観光名所として賑わっている。「トレビの泉」とも。

イタリア人を盗み撮り

此のバスでイタリアを観光

相変わらずイタリアは駐車場不足

コロッセオ (Colosseo) は、古代ローマ時代の建造物。ローマ帝政期に造られた円形闘技場で現在ではローマを代表する観光地になっている
コロッセオはラテン語でコロッセウム (Colosseum) と言い、観光では「コロッセオ」、歴史では「コロッセウム」を使うが同じ物を指す。また、英語で競技場を指すcolosseumや、コロシアムの語源ともなっている
ローマは紀元前7世紀の中頃にラテン人とサビニ人が町を築いて以来、2600年以上の歴史を持ちます。ローマ帝国の都として栄えた「永遠の都ローマ」には、ローマ帝国の中枢フォロ・ロマーノ、アウグストゥス霊廟、円形闘技場コロッセオ、神殿パンテオン、トラヤヌス帝記念柱、コンスタンティヌス帝凱旋門など、数多くの古代の遺構が残り、ローマ帝国の栄華を今日に伝えています。

イタリア空港施設

早朝7:30分開門してない残念

アイスクリーム幾らだったか忘れた

立ってコーヒーを飲む、イタリアは外で飲んでも、中で飲んでも、全て税金が必要

鹿の像逆さま如何ゆ意味!?

スペイン広場にて、雨に会う

像が洋服着てるみたい(蒙が付いている)

スペイン広場 (Piazza di Spagna) は、イタリアローマにある有名な広場。間近にあるスペイン大使館からこの名で呼ばれている。スパーニャ広場とも。広場の中央には、ピエトロ・ベルニーニ作「バルカッチャの噴水」がある。東には後述の大階段がある。西側はコルソ通りに向けてコンドッティ通りがある。

イタリアのオートバイ事情

イタリア空港のVIPラウンジで寛ぐ

此の機材で(アリタリア空港)帰国の途へ

飛行時間11:30分位、(1時間遅れ)
関空着9時40分 お疲れさん

後5時間位で関空へ到着嬉しいな

寒くてシャッターブレ!?

フランス国王ルイ12世の命により1585年に
完成しました。オベリスクは1789年完成。
カルタゴの人々が崇拝したバール・ハンモン神の像。
モザイク画の展示については世界一を誇るらしい。カルタゴから出土した彫刻類も展示されている。

聖水(雨水)浴した

《バルドー博物館》
床一面にかなり完全な状態で展示されている。
(モザイク画はタイルの一部が出土されないと虫食い画になってしまいます・・・)
大きさは第7位、収容人員は第3位の巨大なコロッセウム。本家ローマのそれより小さいが、保存状態はそれより随分良いらしい。ガイドさん言う、「エルジェム」のコロッセウムを見たら、もうローマのは見る必要が無い」とか。
カルタゴ時代の軍港跡;今はただの入江にしか見えない

      
アントニヌスの共同浴場
「チュニジアのルーブル」と呼ばれる。モザイクのコレクションは世界一。
チュニジアで一番美しい街。地中海の青、空の青、チュニジアンブルーのドアの青・・・
十字架彫ってあったり聖水用の浴槽が綺麗に残ってたりしました

右写真古井戸です、こんなに海に近くて塩分が井戸水含んでいたと思う

ザグーアンの水道橋 1800年も前に約125kmもこんな水道橋引いたんだから、ホント凄いよ。
エルジェムの円形闘技場
ローマ帝国繁栄の象徴として「映画グラデュエーター」に登場する剣闘士達の戦いや剣闘士と猛獣の戦いに市民が熱狂したことだろう。
ローマのコロセウムより保存状態が良く、猛獣を収容していた地下室やエレベータ室の跡も残っており、「映画グラデュエーター」に描かれたローマ時代の様子を彷彿させる闘技場
エル・ジェムの町は砂漠の中に 円形劇場 とともにポツンと現れます。
現在のチュニジアは砂漠化が進み、古代の豊潤な面影は国土の北部に限られていますが、
古代ではこのエル・ジェムの辺りも緑が広がっていたそうです。


17世紀のオスマン・トルコ帝国の侵略でかなり破壊されたようです。

ホテルの世界時間 右、(東京)真ん中チュウニジアの時間

チュウニジアカメラ持込(撮影料)観光地1ディーナル約70円必要(9ヶ所払う)

地中海、雨上がりで海水鉛色

チュニジア中部、サヘル地方の都市スース   地中海魚豊富でした
                              スーク(市場)
城壁に囲まれた旧市街の中に、

地中海の新鮮な魚豊富でした  肉屋牛の頭や
                            1匹丸ごと売ってました

本日の為替

城壁に囲まれた旧市街
ここナブールは、古くから陶器の産地として知られ、
日本の瀬戸市と姉妹都市の関係にあります

チュニジアのオートバイほとんど1車種しか見受けず



チュニジア共和国

〜気候〜
アフリカ大陸の北央部に位置し、地中海沿岸は地中海性気候に属する。夏は暑く40〜50度に達することもあるが湿度が低いので比較的過ごしやすい。内陸部はステップ気候から砂漠気候で寒暖の差が大きく雨量は極めて少ない。
(近年は世界的温暖化で気象不安定)

〜時差〜
日本時間とは8時間。夏時間を採用していないため3月下旬〜9月までは夏時間のヨーロッパと1時間時差が生じる。

〜産業〜
欧州各国から1時間半〜2時間と近くリゾート大国。主な産業は農業でオリーブの生産量は世界第4位。郊外には広大なオリーブ畑が広がる。
日本からの直行便は現在のところ就航されていない。

〜通貨単位〜
チュニジアン・ディナール
1TD=.70円 (2009.1.18現在)
1TD=1,000M (M:ミリーム)

〜公用語〜
アラビア語
フランス語も良く通じる。観光立国だけあって4〜5カ国語話せる人も多い。(ドイツ語・英語・イタリア語・スペイン語)

〜道路〜
右側通行
主要道の交差はロータリー方式
『ラクダ注意』(だと思う)等見慣れぬ標識もある。

国民の95%がアラブ人で国教はスンニー派イスラム教(国民の98%)。戒律はイスラム圏としてはそれほど厳しくないという印象を受けた。治安は良く警官が巡回しているのをしばしば見かけた。(ただし、裏道や街灯のないメディナの通りとかは危険に遭遇する可能性があると旅行情報誌に書いてある。)

レンタルバギー車       現地人ポーズ取ってくれる

昼食クスクス

昼食会場(トイレの消臭剤臭かった)

メディナ(旧市街)

羊か?丸ごと販売

客街のタクシー

此れ・・・何の意味??

観光馬車  (地中海の真珠と言われる町)

エル・カンタエ港(人工港) 観光用人工港

ボン岬半島(ぼんみさきはんとう、Cap Bon Peninsula)は、アフリカ大陸から地中海に突き出たチュニジア北東部にある半島。地中海を挟んで東にはシチリア島パンテレリア島がある。北西にはブラン岬との間にチュニス湾が広がり、南にはハンマメット湾が広がる。また、愛知県瀬戸市姉妹都市ナブール市などの都市がある。半島の先端には、ケルクアンの遺跡がある
古代の世界大戦「ポエニ戦争」で37頭の象と数万の軍隊を率いてアルプスを越え イタリア半島に攻め込んだカルタゴの将軍ハンニバル・バルカ。 この稀有の天才は、ローマを震え上がらせたが、粘り強い抵抗に遂に敗れ、毒をあおって死ぬ。 50年後カルタゴは抹殺され、焼け跡には塩が撒かれた。
この彫刻もローマ時代衰退後にカルタゴにゲルマン人が押し寄せてきた際、頭部を全て壊されたため、首のところにつぎはぎの跡が見られる。
「チュニジアのルーブル」といわれる博物館。モザイク画の展示については世界一を誇るらしい。カルタゴから出土した彫刻類も展示されている。
床一面にかなり完全な状態で展示されている。
(モザイク画はタイルの一部が出土されないと虫食い画になってしまいます・・・)

カルタゴ(羅:Karthago、英:Carthage)は、現在のチュニジア共和国の首都チュニスに程近い湖であるチュニス湖(en:Lake of Tunis)東岸にあった古代都市であり、現在は歴史的な遺跡のある観光地となっている。

チュニジアのドアは青
それは青には魔除けの意味があるから
地中海地方ではよくみかけます

ここシディブサイドは外壁は白ドアは青と決まっている

カフェ・シディ・シャバーン

古代カルタゴの港

トフェ

スースの2連泊のホテル(ナハラワス ブージ キャファー)
ホテル

非常に期待していたシディブサイドだったが、あいにく雲が低くたれこめ冷たい風が吹いていた。緩い坂道を登り、突き当たったロータリーを左に折れ、
そこから道なりに進んでいくとやがてシディブサイド広場が現れた。
崖の下にヨットハーバーがあった。
白い壁と、青い窓 シディブサイドは
美しい町並みが印象的

魚のグリル

古代カルタゴの数少ない遺跡「トフェ」です
そんなカルタゴの国も強大になっていったローマに、紀元前146年に滅ぼされる。
 ローマはカルタゴの都市を徹底的に破壊し、また、残っている街は、当然2千年分の変容を遂げているので、古代カルタゴの痕跡は現代にはほとんど残っていないとされている
水道橋は山の貯水池から数百キロ離れたカルタゴの街へ水を供給していたのだ。

左下、聖水を使った浴槽,右小さい浴槽は赤ちゃん用と言われている

バブ・ブハル(フランス門)。この奥は、メディナ(旧市街)。スーク街(市場)で賑わっている。
首都チュニスの東郊にはカルタゴの遺跡があります。

此のバスで全行程を廻る、ヒーター午前中効かず故障で
午後やっとヒーター効いてくる・・・寒かったです。

レストランの定員とお似合い・・・

メンデッシューはオジャ

前菜

ボン岬の風力発電,何百機在りました

この水道橋は、紀元前二世紀に建設されたという。今から2200年も前だ。
その昔、世界帝国を作り上げたローマの強味は、軍事力と政治力にあっただけでなく、建築技術のすごさにもあることを、見るだけで理解させてくれる遺跡だ。

海賊船!?