no1  2008年3月 
   syria . jordan 隊商の道13日間
          
シリア           ヨルダン

古代隊商都市
残照と古代遺跡群

      脈々と受け継がれる古代自由人
の魂
 
                                                   

2日目泊

3日目泊

4日目泊
(アレッポ)

5〜6日目泊

7日目泊(ダマスカス)

8日目泊

9日目泊

10〜11日目泊

イラン→


2008年3月13日午後21時15分に関西空港集合、羽田出発組と合流。離陸時間が23時15分・・・。こんな遅い出発のツアーは初めてでした。ツアータイトルは「シリア・ヨルダン隊商の道13日間」と言うのでしたがこの13日間の最初の1日の時間はたったの45分間。何か騙されたような?損をしたような気分になっていたのは私だけだったでしょうか!!、1番心配だったのは、関空のラウンージと換金の銀行と免税店遣ってるか、心配でした。案の定出国後の銀行9:30分で終っていた。

聖アナニアス教会

 右の絵はパウロがアナニアに
よって目を開かれる場面

女性はカッパのような
コートを着る ここから先は
靴を脱がなければいけない

内部は、三廊式でミフラブは四つある。
(異なった宗派の人々のため)
ここには、前から見たかった、ヨハネの
首塚がある。洗礼者ヨハネは
イスラム教において、
預言者の一人とされているので、
ここにまつられている。 
まん中にドーム付の緑色の小部屋の
ようなものがあり、中をのぞくと、
首だけだと思ったが
普通サイズのお棺があった

屋根の丸い所は
洗い場です
足、手、耳も洗って
居ました・・・

只今、お祈り中です。

ホテルに入って
ビックリ!!天井が空色で神殿調の造り。

パルミラホテル

ラクダに乗って
ガッツポーズ
1ドルを(50セント)に
値切ったら
立ち上がってくれず

シリア パルミラ遺跡 凱旋門にて 集合写真

ローマ劇場にて
手を叩いて
反響を試す・・・
中央では凄く
反響がよっかたです

地ビール小瓶
6ドル!!高い・・

地元のバスにて
標高150mの頂に
建つアラブ城砦へ
夕日を視に
残念な事に黄砂!?
曇りで確認できず・・・

私たちは
諦めて帰る・・・
諦めきれずに
待ってる人

この方向に
夕日の予定が
残念・・・

エミレーツ航空は、アラブ首長国連邦ドバイを本拠とする航空会社アラブ航空会社機構の一員。

機内食は
標準がイスラム食(モスレム食)
となっている。しかし、
アルコール飲料もしっかり用意
されている。

夕食

朝食

ドバイ国際空港

免税店外

エミレーツ機
この機材で
ダマスカスへ

空港のトイレに
お祈り前に足を
洗う所も備えてあり

ダマスカス空港の気温

イスラム教の国に
牛飼育していました

国立博物館

まだまだ現役です
日本車は良い

建設ラッシュウー

コーカブの丘

レバノン山脈の
残雪

シリア国内から発掘された出土品の数々が収蔵されている博物館。世界最古と言われるウガリットのアルファベッが
彫られた土器など、考古品を数多く収蔵しながらも古典的なイスラム建築の展示など見ごたえのある施設。

世界最古のアルファベットが掘り
込まれている土器は、ロゼッタストーン
のようなものを想像して
いたのですが、実際はとても小さいもの
で細かい字を見る為に、ルーペが付いて
いました。
この博物館にはローマからエジプトまで
幅広く展示されてあり、今までの歴史を
感じさせます。


 この回心の描写、聖書に残されているパウロの回心の描写は、使徒言行録とガラテアの信徒への手紙に残されていると言っていいわけです。まずガラテヤの信徒への手紙の1章の13節以降ですが、こちらはパウロ自身の手による描写ということになります。描写ということが適当であるかどうかは問題ですけれども、とにかく、パウロが自分の回心について書いている個所は、この個所と他にフィリピの信徒への手紙3章(後で読みますけれど)、この個所ぐらいしかないということです。
 ガラテヤ1章13節からですが、

同行者の中に
旅行中に誕生日を
迎える人3人いました
Gさんとは月日一緒
でした。ので
記念写真

ユーラシアの旅

ダマスカス空港

  旧市街

旧市街は壁に囲まれ、7つの門がある。
  東門より入る。この門を入ると
、 1,250mの真直ぐな道が
  東西に通っている.

ラベルの無いビール

聖アナニヤス教会

旧市街

ウマイヤド・モスク

この建物は715年にジュピター神殿として建設された。その後、聖ヨハネ大聖堂に変り、ウマイア朝時代、モスクに改築された。世界最古のモスクである。

中庭は列柱の回廊になっていて、美しい。内部も2段構造となった列柱が並ぶ。大聖堂時代の名残でヨハネの首が安置されている。

中庭

鶏の胸肉の
メインを

円形劇場の外側には十字軍と戦うために
12世紀に砦が築かれ、この砦のために
劇場が原型を保たれたという。 
焼きたてのナンを
見ていたら一枚
一枚頂きました。
皆で、分け合って
食べました。

ナン干して
ありました。

売り物のナン
椅子の上に!!

シリアのトイレチップの
看板。
シリアポンド25ポンド
(約25〜50円)

トイレ模様

主食のナン売りの
小母さん
カメラを向けたら
ポーズを!!

クラッシュバリエ城

ローバは臆病で
静かに写真を
撮る。

杏の花満開

ハイネケンビール
8ドル (小瓶)
高い!!

主食のナンに
色々巻いて
食べる。

食べるもの無い
ので 左の食べる

シロップ漬け菓子
甘い甘い!!

エブラ 
アラビア語シリア北部にある古代の
都市国家の遺跡。アレッポの南西55kmに
位置する。エブラは紀元前3千年紀後半、
および紀元前2千年紀前半(紀元前1800年
- 紀元前1650年)の二つの時期の重要な
都市国家だった。

遺跡のある場所は、現在テル・マルディーフ
と呼ばれ、紀元前2250年頃に遡る
楔形文字の書かれた粘土板15,000枚で
有名である。これらはシュメール語
およびここで初めて発見されたセム語派
言語・エブラ語で書かれている

「エブラ」は「白い岩」、すなわち町が建っている石灰岩の露頭を意味する。エブラは紀元前3000年から絶えず人の居住があると見られるが、国力は次第に増し、その絶頂を紀元前3千年紀後半、およそ紀元前2400年から紀元前2240年の間に迎えている。エブラの名は紀元前2300年ごろのアッカドの文書にも見られる。

発掘の進むエブラ遺跡

小麦畑と
羊達

ホテルの部屋より

身を清める参拝者の 

スーク(市場)
試着どう・・・
お似合いでしょう

このビール
隣のオバチャン
飲め無いから飲んで??
一口飲んでビックリー酸化して
いました


ハマの水車
高台へ水を
供給

水道橋

ハマの町、
シヤームパレス
ホテルにて
トイレ休憩

水車の直径20m
もあり、低い所を
流れるオロンタス川の
水を街の高い所に供給

パルミラホテル

ホテルの部屋より

ラクダ飼育して
在りました

早朝散歩して写す

エラベール家塔墓
次に3人兄弟の地下墳墓を見学する。この墳墓はT型の構造をしていて
正面の壁には3人兄弟の肖像が描かれている。
石棺の蓋の彫刻 
パルミラ博物館
夕方アラブ城へ登って夕日を眺めに。この砦は12世紀に十字軍に対抗するために建てられた。ベル神殿や都市跡は大きすぎて近くでは全体の姿が分からないが、砦からは模型を見ているように良く分かる。

ホテルレストランにて夕食、今晩は旅行社の感謝の気持ちを込めてと!”そうめん”をご馳走になりました。
6日目で日本食が恋しくなる時期に、美味しかったです。


シリア情報

@トイレチップは25〜50円
Aシリアポンドンは1ポンド〓約2,1円
B日本より 4〜6度高い(3月中旬)朝晩冷える
Cトイレチップ、一般商店以外、ドルで支払い OK
Dスーツケースの重さは最高20kg
E飲料水は不可(ペットボトル2本で1ドル位買う)
F日本の衛星放送殆んど見れない。
G日本のタオルを持っていこう。
(現地のタオル大きくて洗い難い)

ベル神殿前より記念門

ベル神殿より道路をはさんで
向こう側に、パルミラ遺跡の
入り口とも言える記念門が見る。 
列柱

遥かな昔には、
こんな柱に支えられた
荘厳な神殿が
あったんでしょうね
「パルミラ」は紀元前1世紀〜3世紀に栄えたシルクロードの隊商都市の遺跡である。

アラブ城

ナツメヤシの街

ライオンの象

洗面所

チキンとラムのケバプ
(串焼き)

スーク(市場)

水タバコ

国立博物館                3神の像

アレッポ市内
信号機事情

この博物館はシリアで2番目に大きな博物館で、
正面にはた3神の像が並んでいる。これらの像は
トルコとの国境近くのテルハラフにあるBC9世紀の
遺跡から出土したもので、中央の神はゼウス
と同格のハダト神でシンボルの牛の上に立って
いる。向かって右は豊穣の女神アシュタルで
ライオンの上に立っている。左側は不明だが力の
ある神と考えられている。ここにあるのはレプリカで
オリジナルは20世紀の初頭にドイツに
持っていかれたが、アメリカの爆撃を受けて
破壊されてしまった。

シャフバホテル

ビニールハウスで
野菜栽培

ヨーロッパ人の避暑地

ラタキア 地中海の
沿岸のホテル

「コート・ダジュール・シャーム・
パレス」ホテル

クラック・デ・シュバリエ城
山の頂にたたずむその城は、
英雄サラディンがひと目見ただけ
で攻略をあきらめ、アラビアの
ロレンスが学生時代、
「世界でもっともすばらしい城」
と評した機能美に満ちている。

同時に、花々が咲き誇る
高原に白く可憐に座した
その姿から、旅人たちは
この城を「天空の城」と呼ぶ。
高原にたたずむ白く可憐な城、
クラック・デ・シュバリエ

被って見るよ
意外に涼しい

昔のトイレで!!
下に川があり
水洗トイレに成ってた

この澄み切った空

天に向かって純白の塔を放ち、
大地をがっちりつかむその城は、
完成したのち完全に攻略された
ことがなく、いまも一帯をやさしく

見守るようにたたずんでいる。

当日は風があって
寒かったです
3月中旬

修学旅行と思える
学生が一杯でした

聖テクラ修道院:
もう一つの聖テクラ修道院は岩山の奥にひっそりとたたずむ修道院ですが、なかなかおもしろいエピソードを持つ修道院です。伝説によると、その昔、シリア王セレウコス王家の血を引く娘テクラは、かの聖パウロの教え得て、敬虔なキリスト教信者となりますが、異教徒の父から改宗を迫られた時にこれを拒否し、父の雇った私兵たちに追われる身となりました。岩場に追い込まれたとき、テクラは神に助けを求めました。すると突如として岩が割れ、岩肌から水が滴り落ちてきました。彼女は身を隠すことに成功し、滴り落ちる水で生き延びることができました。めでたしめでたし。これを記念して建てられた聖テクラ修道院は1930年代に建て替えられた新しいものですが、オリジナルの建物がいつ頃建てられたものであるかはハッキリしたことはわかっていません。
聖なる祠

礼拝堂からさらに階段を登った
ところには、迫害された
女性をかくまったという言い伝え
のある祠があります。木が生えて
いる山肌から
泉が湧き出していました
青い街

どういうわけか、マアルーラでは多くの建物の

壁が青く塗られています。初めて訪れた旅行者に
とっては、言葉や宗教の違いよりも
この景色の方が印象に残ります。

杏の花満開

聖テクラ教会から細い岩の回廊を
抜けてゆくと市街地の西にそびえる
岩盤の上にでられる。そこからは
アンチ・レバノン山脈の稜線が
南北にずーっと見渡せる。
その向こうはレバノン。

女性の頭の被り物は!!
何歳から???
女性に成った日から???
だそうです。

昔の農具

レバノン山脈の残雪

斜面に建てられた家々の壁は水色に塗られて
いてとてもカラフルで
美しい。

巨大な岩山がずらっと連なっている。
マアルーラはそんな渓谷にひっそりと
佇んでいる町。この町では、イエス・
キリストが話していた「アラム語」が
、教科書などではなく口伝えで語り
継がれ話されている。

街のピザ屋さん

八百屋さんに
美味しそうな
果物一杯

貸し自転車

早朝海岸を
清掃しています

ホテルの夕食前に一杯
ビール 8ドル 高い!!

「ウガリットの遺跡」は、
現、シリア=アラブ共和国領の
西端で地中海に面す港湾都市
ラタキア?(ラディーキヤ)に位置する。

 ウガリット?は、紀元前2千年紀
地中海交易で栄えた古代都市国家の名。

屋内の地下に
墓地を造った
そうです

「ウガリットの遺跡」
ウマイヤド・モスクの北門近くにある十字軍を
撃退した英雄を埋葬している建物。
 城砦近くには、馬に跨ったサラディーンの銅像
も建っている

関西空港→ドバイ間(約)10:30分
飛行時間

ドバイ→ダマスカス間(約)3;30分
飛行時間

コーカブ教会
パウロが
落馬した箇所に建てられた

現地の子供たち

パウロ教会(パウロの門)
ここもかっては旧市街の門

シャーム・パレスホテル

早速和服に着替えて
皆、ビックリーでした

ビール8ドル(小瓶)

ご飯4回ほど出る
パサパサのご飯
カレー見たいにかけて
食べたら美味しかった

菜の花や野花が
咲いていました

ホテル付近散歩中

オリーブ石鹸
スーク(市場にて)

エジプトの、天を指す
ようにそびえるオペリクス
とソックリ

昔の送迎車

3月中旬に花が
ヤッパリ暖かいのか

地中海です

駅の前には往年の蒸気機関車が
展示されています
ステンドグラスの美しい駅舎は、
現在、古本や
記念品の
展示室となっています。

ヒジャーズ駅

地中海世界でキリスト
教布教に努めたと言われている
ホテルフロントにて
アレッポ城から
見た古い町並み
アレッポは「新鮮な乳」
の意味の「ハラブ」と呼ぶ

2 日目

3日目

4日目

5日目

1日目