メ キ  ・     

     
中米
       古代
文明
          
を徹底的に
             
極める旅  

                   NO2

  
    2008年10月

             広大な敷地に点在するマヤの神殿郡、密林にそびえる
                      ピラミット、スペイン統治時代の面影を
                         残す美しい町並み、どれも
                            青空に映える見所
                              ばかりの中米
                                 諸国。



   



@

A

B

C 完成したククルカンの全身像 

秋分の日の奇跡の進行状況

グァダルーぺ寺院

メキシコシテイの中心、ソカロ広場は、かつてアステカ人の政治・宗教の中心地だった。16世紀にスペインが征服し、アステカの都を徹底的に破壊して、この地に新しい建物 −カテドラルや現在の国立宮殿、州庁舎−を建てた。以後400年以上、メキシコの歴史はこの広場で刻まれつづけている。

1979年、カテドラルの裏手で工事中、地下2mから8トンの石板が出土した。アステカの神話のなかでも最も重要な位置をしめる月の神コヨシャウキの像だったため発掘がはじまり、アステカの都テノチティトランの大神殿であることがわかった。


アメリカ大陸最大規模の大聖堂 250年かけて建てられた

メキシコシティは高度2000mの地にできた大都市。

正面は、月のピラミッド Piramide de la Luna
高さ46メートル 底辺150×120メートルという、大きなピラミッドである

テオティワカンって遺跡は、
紀元前2世紀に建造された、
ラテンアメリカ最大都市だった
ところです。
現在のメキシコ・シティも、
世界一人口の多い都市だが、
3世紀頃から7世紀頃には、
とっても繁栄していたらしく、
10万〜20万人も住んでいたと
言われている。

死者の道

欧米人か!?

ヤッパリ・・・メキシコと言えばサボテン”

月のピラミットです、レストランよりの眺め

シウダデラと呼ばれている城壁だが、この基壇のうえに、さらに、大きな神さまの像が建っていたという

正面は、月のピラミッド Piramide de la Luna
高さ46メートル 底辺150×120メートルという、大きなピラミッドである。 

太陽のピラミットより、四方を写す

右側から登り、左側より降りる

急階段を証明刷るのに写す、後日皆足の疲労

月のピラミットより、後方太陽のピラミット

月のピラミットより死者の道

月のピラミットの急階段

月のピラミットをバックに

この基壇のうえに、さらに、
大きな神さまの像が建っていたという

テオティワカン遺跡は、メキシコ盆地に建造され
紀元前350年〜650年の間に繁栄した宗教都市である。エジプトのピラミッドとは、異なった文化が、ここに存在した。

夜、オプションで名物のタスコの夕食とラテンアメリカタワー観光\9000円。

雨の神さま トラロック
大きなメガネをかけた、
ひょうきんな仮面のようだが

ジャングルを闊歩する、
ジャガーが神になったものと
言われている。

国立人類博物館

メキシコシティに来たら、なにはともかく国立人類博物館に行くべし! メキシコ古代文明の集大成であるこの博物館は、世界でも有数の規模と内容を誇っている

古代アステカの「チャックモール」お腹の皿に生け贄の生きた心臓を!!

テキーラ (Tequila) とは、メキシコ国内のハリスコ州とその周辺で、アガベ・アスール・テキラーナ (Agave Azul Tequilana) と呼ばれる竜舌蘭 (Agave) から造られる蒸留酒である。「サボテンから造られる」と言われることがあるが、これは誤りである。

テキーラを良く飲みました。アルコール度39〜41度、
モンに塩をかけて
飲む又、カクテルはグラスに塩をつけて出てくる。

名物のタコス5種類(レストラン)
屋台では1個120円位食べられる(大きさは上の5倍

写真ラテンアメリカタワー夜で見えず、夜景を見ただけ残念!!

現地ガイドは香港が100万ドル夜景なら、
メキシコは1000万ドル夜景と言ってました

ソノテ(聖なる泉)
カラコル(天文台)
球技場
チャックモール
ククルカンのピラミッド
ティカルの古典期後期の建造物5D-43。タブレロのパネル部分にはトラロックの目といわれるレリーフが刻まれる。ひさし部分がタブレロの上につけられる
エル・カスティージョの大きなククルカン 
ククルカン 羽毛の生えた蛇である。
下ディエゴ・リベラの壁画
砂利が敷き詰められている部分は、かつては漆喰で舗装されており、赤く塗られていたそうです
おそらく、ピラミッド群はティオティワカンの中心ではなかったのでは…とのことでした
ちなみに傾斜していて、雨は左右の下水道に流れ込むようになっていたそうです

国立人類博物館の噴水

最上位には木造の建築物があったようですが、遺構がなくどのようなものであったか不明です
月のピラミッドからみた死者の通り
これが真っ赤に染められた漆喰で舗装された道路でした…ずっと先まで…
マヤの世界では王を処刑することがあっても、他の都市を征服することはなかったそうです
しかし、そうしたマヤの記録は西暦909年を最後に途絶えます
マヤ文明は909年を境として衰亡を辿りますが、その理由は分かっていません
下の写真は目のぐるぐるは雲、歯の垂れているのは雨を示すそうです
下のカギのたちは水を示しています
この表現は、マヤに限らず南米の文明に共闘しています
国立宮殿の壁画
国立宮殿の壁画(中庭)

漆喰の作り方説明

野口英世銅像

世界的に有名な医学者、野口英世(幼名清作)博士は1876年11月9日福島県耶麻郡翁島村(現在の猪苗代町)に生まれました。
 清作は1歳半のころ、いろりに落ちて左手に大火傷を負いました。後にその左手を、手術はしましたが、完治することはありませんでした。しかし清作は、その時に医学の素晴らしさを知り、医者への道を志すことになりました。その結果、野口英世博士は医学の道へ進み、世界中の人々の命を救うこととなりました。

メリダ レジデンシヤルホテル(夕食時)

ウ......旨い(プロ並み)

チョットのり過ぎ

チチェンイッッアー遺跡

このエル・カスティージョは、お城って意味
ククルカン 羽毛の生えた蛇である。
(旧チチェン)
球戯場の壁にある「輪」。
この輪に球をくぐらせることを競った
球戯場のレリーフ。
選手が首を切られ生け贄となった
聖なる泉ソノテ
戦士の神殿

正面の右側部分(修復してない)

四面より撮影(正面右側)

カラコルと呼ばれている天文台。カラコルとは、巻き貝という意味。その内部には、かつて、巻き貝のような螺旋階段が伸びていた。古代マヤ人は、アメリカ大陸の歴史の中で、最も天文学を発達させた人々だった。月や太陽、星は神であり、自分たちの生活に大きな影響を及ぼすと考えていた。
今からおよそ2千年前、アメリカ大陸の中央部で起こった文明・・・それがマヤ文明。マヤ文明は、環境の異なる広い範囲で栄えた。そのため変化に富んだ多彩な文明が生まれた。紀元9世紀頃に栄えた地域が、チチェン・イツァでした。
チチェン・イツァの遺跡は、数km四方の広い範囲に渡って点在している。その中で最も際だっているのが、ククルカンのピラミッド。ククルカンとは、風と豊穣の神で、羽毛の生えた蛇の姿をしていた。春分の日と秋分の日の年2回、階段に蛇の影を映し出す。王の守護神でもあったククルカンが舞い降りる。
マヤ文明、チチェン・イツァ。数百キロにわたり密林地帯が続くメキシコ、ユカタン半島。大河もないこの秘境に、かつてマヤ文明の都市チチェン・イツァが栄えていました。都市が繁栄したのは西暦900年〜1100年、人口は最大3万5千人にのぼったと考えられています。
マヤ語を話し、トウモロコシを自給自足する末裔たちの暮らしには、神々や精霊が色濃く息づいています。
メキシコにあるマヤ遺跡の中でも最高峰といわれ、複雑な構造をもつピラミッドなどの遺跡群はマヤの建築技術の高さを表しています。
メキシコ中央高原で重要な神であるケツァルコアトルが、マヤの地に来て呼び名を変えたと言われています。
人間の心臓は、西に沈み疲れた太陽に、再び東から昇るための活力を与えると考えられていました。
91段の階段の四面を合計すると364段となり、これに頂上神殿の1段を加え、1年の日数のと同じ365段となっている。
「頭蓋骨の旗」を意味するツォンパントリの名前の通り、生贄の風習を端的に象徴する建造物。無数の頭蓋骨が浮き彫りにされたこの台座は、
上に柵を立て生贄にされた人々の頭蓋骨をさらしたと考えられている。
チャックモールは、供物を神に運ぶ使者と解釈されている。腹の上に抱える皿に生贄となった人の心臓が捧げられたと言われている。
マヤ暦は1年=18か月だったので、月を表現しているわけだ。この太陽暦=ハアブ暦と同時に、マヤの人々は1年260日のツォルキン暦を併用していた。365日と260日の重なる日が52年に一度訪れて、この年を災いの年として恐れたという。エル・カスティーヨの4面には52のデコボコがあり、この周期を表している。
(新・旧チチェン、高僧の墓、教会、尼僧院、天文台、ククルカンのピラミッド神殿、いけにえの泉、戦士の神殿、宮殿、鷲とジャガーの台座、しゃれこうべの台座、大球戯場、金星の台座など。

カンクンのカリブ海

カリブ海の高級ホテル道路挟んでゴルフ場も完備

何処の海岸もビーチが少なくなってる、此処カリブ海の同様

戦士の神殿  列柱には精巧な浮彫が彫られている。
戦士の神殿の横の石柱群
メキシコシティー/ソカロ(憲法広場)

月のピラミット頂上より

死者の道




メキシコ情報

1、物価は安い(ニュースで聞いた事在り )アメリカ人国境越えて買い物行く
2、ガソリン1リッタ\70円位(油田持ってる)
3、公務員年間所得600〜700万円位と現地ガイド言ってました
4、公務員(警察官)は運転違反者に遠廻しにワイロ要求する,そうです
5、治安は良いほう?、感じる
6、ホテルも繁華街も比較的、飲食代安く感じる
7、通貨は、ペソ、10ペソ(約100円)ドル使えるが お釣りはペソでくる
8、アジア見たいに、物売りしっこくない
9、一般道路は速度減速の凸凹が沢山ありました(標識TOPE)揚がっている
10、気候は、小さいスコールが良く在りました(傘を持って行きましょう)
11、メキシコは日本人観光客少なかった(
此れから多くなると思う))
12、メキシコの電源は(コンセント)日本と同じ110〜115V位
13,アメリカ系由は入国厳しい、靴脱いで指紋とって写真も撮る(メキシコ行き)
14,出入国書類必要(カード)
15、喫煙厳しい(
灰皿殆んど無い)灰皿を持っていきましょう。
16、水着を持って行きましょう
17、有料トイレ(意外と少ない)2〜4ペソ(約20〜40円)
18、カンクン(カリブ海)有料バス運転荒っぽい(比較的料金は安い)
19.遺跡、博物館、ビデオ持込有料(35ペソ)約350円
20、メキシコは運転免許証16歳より(費用5000円位、30分で)取得できる

中庭への入口

3日目の夕食会場(メリダにて)

チチェンイッツアー遺跡観光

戦士の神殿側より撮影