インド、ヒンドゥ文化の神髄

タージ・マハルだけじゃない!インドの魅力

2009年10月  NO3  


タージ・マハル(アグラ)
アグラのヤムナー湖畔に建つ陵墓。ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが,亡き妃ムムターヅ・マハルのために、1631年から22年の歳月をかけて建立しました。

水牛が体を冷やしてます

4車線の高速道路

高速の料金場

州の入場税を払っています

この道悪路で230km走行きつかった

バスの上まで乗車していました(乗れるだけ!!)

インドの輸送事情

ジャイプール市内

和式の(王妃)のトイレ(一応水洗)

水を貯める壷(水洗用)

この時代の和式のトイレを初めて見る(普通洋式)

インドの大手のビールメーカー

此れみんなカレーです

下痢怖くて全集類少しだけ味見

レストランの郷土音楽家

インドの結婚日(日本の大安)
象使う結婚式費用高い

コブラ使い(盗み撮り)

王様がイギリス旅行時水を入れて行った入れ物

写真禁止罰金徴収された人何人も見る

日雇い労働者(集合場所)

町中ゴミ一杯

象が化粧をして町を!!

アグラの2連泊のクラークス シラーズ

風の宮殿

入場料金徴収場

インドは何でもカレーに

ビール(デイリ)1番高い270ルピー(約540円)

トマトを煮込んだカレー

赤い城(赤い砦、レッド・フォート、: Red Fort)またはラール・キラー(ヒンディー語: ウルドゥー語: Lal Qila)は、インドデリーにあるムガル帝国時代の城塞。デリー城とも。

なお、インドで「赤い城」と言えば同じく帝国時代に築かれたアーグラ城塞を指す場合もある。

現地ではラール・キラーと呼ばれていますが、これは赤砂岩で出来ていることから「赤い城」という意味で、英語名のレッドフォートと同じになります。ちなみに日本語ではデリー城とも言われています。オールドデリーの東北端に位置しており、位置的には気軽に立ち寄れる観光スポットといえます。
インドの世界遺産/レッド・フォート(ラール・キラー)

高速の料金所

デリーの町並み

特徴:ムガル帝国の皇帝が17世紀の作った巨大な城。赤い砂岩が多用されている。

感想:造りが巨大で圧倒されるが、単調なデザイン。かつての華やかさはみじんも感じられず、寂し気な雰囲気。

「ラール・キラー」は"赤い城"という意味です。
この街を治めていたラージプートの王サワーイー・プラタープ・スィンによって建てられた。ハワー・マハルはシティ・パレスの一部で、建物はピンク色をした5階建てで、953の小窓が通りに面している。この小窓から宮廷の女性たちが自らの姿を外から見られることなく、街の様子を見たり、祭を見て楽しむことができるようになっている
インドラージャスターン州の州都ジャイプルにある宮殿。

ハワー・マハル(ヒンディー語:別名「風の宮殿」)は、インドラージャスターン州の州都ジャイプルにある宮殿。

ウイリスのジープF駆動のプロペラシャフト切断してあり

ムガル帝国第3代皇帝のアクバルが建てた都。
わずか14年間(1574年〜1588年)しか使用されず廃墟となった。
ファテープル・シークリーは、ウッタルプラデシュ州アグラから南西約40kmに位置します。アクバル帝の城跡で、「勝利の市」を意味しています。この地に住む聖者の予言により男児を得たアクバル。彼は聖者にあやかろうと1571年に首都をこの地に遷都しました。しかし、わずか14年後には水不足により立ち退きを余儀なくされてしまいます。

写真!!写真と言う為、写した跡 チップチップ払わず

この建物はインド古来の建築様式や技法が反映されているため建築史上重要視されています。これはアクバル帝が推進した諸宗教融和政策の表れでしょう。傾斜した屋根は古くからの仏教やヒンドゥー教の寺院特有の形をしています。

白大理石でできたムサンマン・ブルジュ

デリーからアーグラへの遷都に伴い、皇帝アクバルによって1565年に着工され1573年に完成した。その後ジャハーンギールシャー・ジャハーンまで3代の居城となった。

見渡す限り城壁

内部は大理石を使った立派な造り
5代帝が幽閉
さた部屋
シャ−・ジャハ−ン帝の悲劇 
5代帝が幽閉
さた部屋
城内に入ると多くの建物は純白で、5代シャー・ジャハーン帝が白大理石を使って華麗に変えたといわれている
内部は大理石を使った立派な造りで栄華を偲ぶ
ムガル帝国(イスラム勢力)は国都をアグラに置き3代皇帝のアクバルは1565年から10年かかりでアグラ城を建設し、ヒンドゥー教徒との融和を図り統治機構の整備を図る等、全域の統治に努めた。
ムガル帝国は北部インドから南はデカン高原まで支配していたというから全インドに君臨と言っても過言ではない。
中央アジアで滅亡したティムールの一族だったバーブルが北インドへ入り、デリー・スルタン朝を倒して1526年にムガル帝国を建国した。

インドの高級住宅地の家庭を訪問

夫婦の寝室?4LDK(中古住宅)6000万円で最近購入

メイドさんです十何歳??
2人いました

幾ら安いと言え2名のメイド必要か!!、紅茶とお菓子を
ご馳走になる

高級住宅地のトイレ

デリー空港の喫煙室、ライタ2個持っていたが出国検査で没収される
自動点火装置です(火付き悪い)

デリー空港撮影禁止の為(外で写す)

インド 私の旅行記 完結

ニューデリー空港周辺               空港施設

南のデリー周辺のみ高速道路

帰国1日前には下痢怖くて殆んど食事取らず

2010年の行事の登り旗

シャンタル・マンタル(天文台)

シャンタル・マンタルへ。 天文台です。 さて、天文台と言われるとど真ん中にでかい望遠鏡があって. というのを想像していたんだけど. シャンタル・マンタルは違った。 天文学と言うよりは占星術。 でもこれはすごいぞ! これ、日時計。 ...
東にヤムナー河があり、その他3方向を城壁で覆われた頑強な城ですが、城と城内の建物は、ムガル朝第五代皇帝シャー・ジャハーン(タージ・マハルを造った皇帝)によって、1639年から1648年にかけて建設されました。その息子アウラングゼーブ帝によって増改築などもされましたが、対比しやすい古城プラーナ・キラーの建設から100年後に建築されたもので、ムガール朝時代建築の集大成とも言われています。
インドの世界遺産/レッド・フォート(ラール・キラー)
一般謁見の間
「ラール・キラー」は"赤い城"という意味です。英語ではレッドフォート(Red Fort=赤い要塞)と呼ばれています。赤砂岩でできているためこんな風に呼ばれています。
その富と権力で世界に名を馳せたインド史上最大の帝国ムガル王朝。デリーはその第15代皇帝シャー・ジャハーン(タージマハールを作った皇帝)治世における首都でもあった。
建造は17世紀なかば。赤砂岩で作られた巨大な城壁が帝国の力を誇示するかのようだ。