A カ

kingdom
of cambodia

 アンコールワット遺跡郡を巡る 
通貨単位はリエル(Riel)200,500、(2種類)
 1000、(2種類)2000,5000、(2種類)1万、
2万リエルの16種類。カンボジアではUSドル
 も一般に流通して中心にした北西部では
タイバーツも流通している。
   
(日本人旅行者はUSドルを薦めます)

関西航空税¥2650円  ハノイ空港税US14ドル
 シエムリアップ空港税US25ドル 
ホーチミン空港税US14ドル 
 燃料ザーチャージ¥7210円 査証申請代3500円
出入国申請代行料¥4200円 
 ビザ申請代3500円 ビザ申請代行料¥4200円

合計約37、000円
を旅行代金と別途必要です。

2007年1月18日〜1月24日 7日間

中央の紋章は世界遺産、
アンコールワットの塔を
表している。

9世紀から13世紀に造営された、アンコール
王朝の石造り寺院や都城が残されている。

  最初は、シェムリアップ市街の北、「アンコール・ワット」の更に北方にある「アンコール・トム」
  の入口「南大門」です。この門の入口両側には、神々と悪魔たちの石像が並び、
  入口の門は、昔象に乗って入場した貴人が通れるサイズに作られています。
  門側から見た入口で、この道の狭さで、双方向通行する。

  「アンコール・トム」は、「大きな街」と言う意味で、1辺が3kmの外壁に囲まれ、西・南・北に1ヵ所、
  東側に2ヵ所の同じ様な門があり、「南大門」が一番有名です。この地域は、11世紀頃
  ウダヤティジャバルマン2世の王都であったものが、ジャヤバルマン7世により、
  12世紀の頃に環堀と塀が作られ、現在の形になったそうです

   

 12世紀から13世紀にかけて全盛を迎えたクメール王朝はやがて衰退の一途をたどり、
 いつしか人々の記憶から消えていった。しかし、忘れられた都はジャングルの中で
 生き続けていたのである。1960年、この地を訪れたフランス人の植物学者、アンリ・
 ムオのアンコール遺跡発見によって、一躍注目を浴び1863年にカンボジアがフランス
 領になってから遺跡発掘および調査・修復が行われアンコール王朝の全容が明らかにな
 った。独立後、内戦によって遺跡の荒廃を余儀なくされたが、1979年にユネスコの
 世界遺産に登録され、世界各国の援助で修復作業が行われている。

朝8時30分ホテルを出発、写真を綺麗に写すためにアンコールトムより観光へ
     アンコールトムは東側に在り、太陽を背に受けて入場する。

現地モデルと撮影 費用168,750ドン!?高い!!違います。安い
  日本円約\1,250円 10 USドルで支払う。

フンドシ姿の衛兵にスッポンがお尻に噛み付いて怒っています!?遊び心で描いてあります。

バイヨン 大乗仏教の産物、 四面仏塔

アンコールトム
の時代はアンコールワットの時代のヒンドゥー教に代わり、
大乗仏教が信仰されていた。大乗仏教では、出家修行者だけではなく、
すべての人々を救済することを教えとし、悟りを求め成物を信じる人は誰でも
菩薩とした。バイヨンの中央神殿を囲むようにそびえる。

外気温度は36度 暑くて暑くて!!

象のテラス
王宮前の広場に面した長さ350mのテラス
東向き建設されており、ここから勝利の門へ道路が真っ直ぐに伸びている

カンボジアの田舎の子供達は半分以上は
学校へ行ってないそうです。

アンコール王朝衰退、その後

13世紀には栄華を極め、美術的にも建築学的にも優れた建造物を築いたアンコール
王朝だったが、ジャヤヴァルマン7世の死後、急激に衰退していく。そして15世紀前半
にはついにシャムのアユタヤ朝に滅ぼされアンコールを放棄した

今では世界遺産として世界に知られるアンコール遺跡だが、
アンコール王朝の衰退以降、廃墟化し、密林がその姿を覆い隠していった。
その後他国支配や政変を経るうちに、
クメールの人々の中でさえ、しだいに忘れ去られていった。16世紀ごろ、
この地を訪れたスペイン人やポルトガル人の宣教師や旅行者たちは、
アンコール遺跡の偉大さ、美しさに
驚嘆し、いくつかの書物を残したり、一部遺跡の調査を行ったりしたが、
それが世間に広く知られることはなかった。

左写真の

ピンクの洋服を着た団体は
韓国のツーア団体です。
今は韓国より直行便が出て
いて、アンコール遺跡に訪れる
観光客が一番多いそうです。
3年前頃は日本人観光客が
一番多かった
但し日本人観光客は平均して
訪れていると現地ガイドが言
ってました。

気温36度
汗で拭いたタオル絞れる位!?
暑かったです。

暑さと、太陽光線で写真が綺麗に取れるように、午前中の観光を追えて
ホテルで休息して、午後アンコールワット観光へ。

ホテルのベランダにて

ホテルのプールで初泳ぎ!?

ベランダよりプールを写す

野外でパーテーも出来る

ホテル正面にて、開業して間もない為、綺麗なホテルでした。

午後の観光へ

アンコールワットの入り口迄歩いて行く
門の高さが低い為バースで行けず

インドシナ半島の中央に位置するカンボジアは、ベトナム、タイ、ラオスに隣接している。
アジアの大河メコン川と東南アジア最大の湖、トンレサップ湖付近を中心とした農業国で、
人口の80%は農業に従事している。現在は東南アジアで大陸部で最も小さい国だが、
9世紀から15世紀前半にはアンコール王朝として栄え、最盛期の13世紀前半には
インドシナ半島全域にその勢力を広げていた。今ではシエムリアップ周辺に
当時の栄華を偲ばせる60余の石造寺院や都城がアンコール遺跡として残っている。

2台のカメラで写真を4枚写して貰う
US10ドル支払う。

近年のカンボジアは、100年近いフランスの統治から独立を果たしたものの順風ではなかった。
1953年にシアヌーク国王のもと王国として完全独立したが、ベトナム戦争のあおりやクーデター
など相次ぎ国内の混乱は続いた。1975年のポル・ポト政権成立は、ベトナムとの関係を悪化させ
内戦をさらに悲惨なものとしていった。そしてついにカンボジア紛争の解決に国連が乗り出しUNTAC
とともに国の復興と平和維持に努め、1993年9月24日,新生カンボジア国王が誕生し、現在に至る。

再度アンコールワットを訪れ早朝のサンセットを見学に!?残念雲掛かって見えず
皆帰りかけたら、少し見えました。

夕日も見に行きましたが綺麗な夕日も見れませんでした。

カンボジアを代表する観光スポット、アンコール・ワット。その観光の拠点に
なる街がシエムアップだ。離着陸の際アンコール遺跡が見下ろせるので
窓際の席の人は目を凝らしておこう。

アンコール遺跡群について

9世紀から15世紀に掛けてインドシナ一帯を制圧したクメール王朝の首都跡。
都は城壁に囲まれたアンコール・トムを中心にして栄え、南には巨大なアンコール
ワットがある。周辺には大小さまざまな遺跡が点在し、その大半が世界遺産に
指定されている。

添乗員の師岡さんと記念写真。ホームページに搭載許可を得ています。

夕食はクメール古典舞踊アプサンダンスショーを楽しみながら

地ビールアンコール日本のビールと変わらず
飲みやすかったです。価格は50,625ドン高い!!
US3ドル日本円375円です

ナンバー付いてない自動車はたいがい右ハンドル車でバンコクより輸入車した
自動車です。
カンボジアは左ハンドル右通行です。
観光バースにも付いてないバースでお客さん(韓国人)を乗せていました

車検も無い国です、ただ保険は在るらしいが!?ナンバー付けてない
位だから掛けているか不明??万一死亡保険保障は67,500,000ドン
日本円で補償額は¥50万円だそうです。

シエムリアップ観光終わり、空路、ホチミンへ
飛行時間約1時間です。
2007年1月

日光浴をしています

昔お金を出してニシキヘビを首に巻いたが、今回は無料で!!
         余裕たっぷりです。

レストラン前にて

チョットびびって居ますね

ベトナム美人

メコン川をクルーズ

果物がたわわに実っています

地ビール、アンコール
味は日本と変わらず

ベトナム料理は美味しかったです
欲を言えば南より北の方が美味しかったです

蜂蜜を試食